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昨日のエントリーで紹介したMSN相談箱のスレッドでも自明の前提になっていた「ホームレス(住所不定)だと生活保護を受けられない」という状況に一石を投じるかもしれない活動が展開しています。
ホームレス総合相談ネットワーク★つれづれブログ: 新宿訴訟関連ニュース
http://lluvia.tea-nifty.com/homelesssogosodan/2008/07/post_1d4c.html
以下、一部引用。
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NHKの報道です(動画あり)。
http://www3.nhk.or.jp/news/k10015730221000.htmlホームレス男性 保護費で提訴
7月7日 12時31分
東京・新宿区で路上生活をしているいわゆるホームレスの男性が、働くためにアパートを借りようと生活保護を申請したのに認めないのは不当だとして、区に保護費の支給を求める裁判を起こしました。
訴えたのは、新宿区で路上生活をしている横山正美さん(57)です。横山さんは、街頭で雑誌を売って1日1000円程度の収入で暮らしていました が、アパートを借り、安定した所で働こうと生活保護を申請したところ、「病気などで働けないわけではない」として認められなかったということです。このた め「住所がないと安定した仕事に就けず、働くためにはまず住む所が必要だ」として、新宿区に保護費の支給を求める訴えを東京地方裁判所に起こしました。東 京都内で路上生活をしている人は、ことし初めの時点でおよそ3800人に上っています。こうした人たちがアパートへの入居を求めて生活保護を申請するケー スがことしに入ってから相次いでいますが、認めるかどうかは自治体によって対応が異なるのが実情です。横山さんは「再出発をするため、少しの間でもいいの で生活保護の活用を認めてほしい」と訴えていました。
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この訴訟が通れば、ホームレスの方の支援に大きなインパクトがあるのではないでしょうか。
住所不定者は生活保護を受けられないのでしょうか?
http://www.seiho110.org/cgi-bin/topics_faq/topics_board.cgi?mode=cat&id=28
によると、
なぜ、住所がないことが問題となってくるのか?
生活保護は市区(町村)の福祉事務所が責任を持つことになっています。困った場合には、自分が住んでいる(一般には住民票がある)市区(町村)の市役所などに相談にいくことになります。このとき、住んでいる場所、居住地がない場合はどうなるか?どこも相談に乗ってくれないのです。うちでは、相談には乗れませんって。住所がない=うちの市区(町村)の住民ではない=責任を持って相談には乗れない、 というのが福祉事務所の理屈です。(ただし、ホームレスの多い都市部の福祉事務所ではNPOと連携しながら保護を適用していく例もあるようです)
ということから、各自治体の福祉事務所は住所不定者(それはつまり全てのホームレスの方が定義上あてはまります)は生活保護を受けられないという理解と実績が横行し、一般の誤解が広がってしまっているわけですが、
住所不定者への保護適用はかなりナイーブな問題であり、福祉事務所によってずいぶん対応が変ってきます。法の趣旨からいえば、住所不定で あること=生活保護の対象にならない、とは必ずしもいえません。ただし、法の理念と現場の実情がかならずしも一致していないのが現実です。
とのことで、法の趣旨からは必ずしも必然的に住所不定=生活保護対象にあたらないとはならないようです。これはどちらかというと、各自治体の予算に生活保護を委譲しているあたりが根本的な原因のように思います。国が自治体の枠を横断するような枠で予算をとり、各福祉事務所は国が直接管理下におくようにすればよさそうなものですが、何故これができないのか疑問です。
とまれ、この訴訟に勝訴すれば、大きな判例となり、各自治体の住所不定者への保護適用も適用の方向に動いてくれることも期待できるのかも。なにより、住所不定者=生活保護を決して受けられないという一般の誤解を払拭する力になることも多きい(というか、自分自身このニュースを精読するまでそう思い込んでたし)。要注目ですね。応援していきたいです!
# ちなみに、住所不定者が生活保護を受けられないということが法の趣旨からは必ずしもいえないって本当なのかどうか、
# わからないかな? 福田君とか長谷川さんあたり(笑 なんか頼っちゃって&もの凄い私信でもうしわけないんだけども。
# ぶっちゃけ頼りにしてます。
それで、今、この新宿訴訟によって、エコピで支援しているホームレス総合相談ネットワークで動きが大きくなってきていまして、エコピのアクションも加速してきています。近くアナウンスできることがあると思います。
「やり直しができる社会。最悪やり直せなくても死なずに住む社会」のためにやれることはいっぱいあって、実際にやっている人達がいるから、ぼくもやるぞって思います。がらにもなく(笑。でも、微力でも協力していきたい。心ある方、興味のある方は是非ご協力を。Web屋の人、エコピで一緒にやりましょう(ホームレス問題だけじゃなくても色々プロジェクトがありますよ!)。Web屋じゃない人(Web屋の人も)、この新宿訴訟のことをご自身のブログでアナウンスしてください。そして応援してください。
よろしくお願いしますっ!!
こないだカミサンのアイスを黙って食べてしまったので、今日買って帰る約束をしていたのですが、スーパー寄るの忘れて怒られたしんちです・・・・もう三十路まで半年きりました(挨拶)
住所不定で賃貸はかりられないのか?という問題意識を元にGoogle様で色々調べてたら、たまたまひっかかった以下のコンテンツ。
MSN相談箱 ホームレスはなぜ住所不定にしたの?
http://questionbox.jp.msn.com/qa2658756.html?StatusCheck=ON
ずーっと読んでいくと、質問者は徐々に「因みに私は何があっても住所不定になんかするつもりはありません。」、「ホームレスの連中」、「支援団体に煽られてわがままな主張ばかりせず、控えめな生活をしてほしいと思います。」など、徐々にアレな感じにはなっていく発言が増え、「何かホームレスの方ともめたことがあるのかな?」、「要は大手を振ってホームレスの方を非難したいだけとか?」、「ホームレスを否定することで自分の現状を肯定したいとか?日々不安なことが多いのか?」といった疑念がわくナイススレッドになっており、正直あまり読んでいて気分がよいものではありませんが、質問者の真意はともかくおかげで重要な気づきが得られました。
質問者は「住所不定になれば、雇用も居住も生活保護もありとあらゆる社会保障や企業サービスから追い出されるのに、なぜ住所不定という道(つまりはホームレス)を選んでしまったのか?」という疑問を呈しています。彼(彼女?)のロジックはその後、圧倒的不利な住所不定という選択をした者は自業自得という地平に行き着き、ホームレスになったものの救済という方向には興味が向かないようなのですが、自業自得だから放っておけばいいというものでもないでしょうに。自業自得の交通事故で運ばれてきた人も救急医療は救わなきゃいけないし、ホームレスという絶望感を抱きやすい状態に陥った人々が社会の一定数を上回ればそれによって引き起こされる社会的なコストも跳ね上がるでしょうから、その意味でも放置できないはず。まぁ、でもこれは言いはじめると長くなるからまた今度にしよう。
ともかく、重要な気づきというのは、ホームレス問題には二つの切り口があって、一つは「ホームレスになってしまった人をいかに支援するか?」、そしてもう一つは「どうすればホームレスになること自体を防げるのか?」という切り口。後者に気づけたのはぼくにとってはこの質問者のファインプレーでした。それで、この二つの切り口は車の両輪で同時に成り立たなくてはいけないと思うのですが、短期的には矛盾しやすいような、相反する活動であるようにも思います。なぜなら後者の活動がとてもうまくいくと前者の活動の価値が相対的に下がっていくからです。しかしながら、全ての支援は『支援がなくなっても支援対象がやっていけるようになることを目指すべき』であると僕は考えますから、最終的には後者が主となる状態を目指さないといけないのだろうなと思いました。
もちろん、だからといって前者の価値がなくなるわけではないと思います。医療にたとえると前者は対処療法、後者は予防になるのだと思いますが、万全な予防などありえないし、患者の不摂生が原因であれなんであれ、とりあえず目の前で困っている患者は救うのは良心に照らして正しいとぼくは感じるからです(大抵の人はそうだと思うなぁ、というか思いたいなぁ。目の前に死にそうで困っている人がいたら原因の追究なんて後にしてとりあえず助ければいいと思うのですが、どうもこういったことになかなかご同意いただけないこともままあるようです)。しかし、同時に目の前の患者さんを救うことだけを考えていては不十分で、患者さん自体を減らしていくことも考えないといけない。なぜなら助ける側のリソースも有限であり、限界があるからです。どこかで仕組みに手をいれないといけない。
というわけで、今後、「ホームレスになってしまった人をいかに支援するか?」だけでなく、「どうすればホームレスになること自体を防げるのか?」といった切り口でも調査、アナウンスをしていきたいと思います。先に書いたように短期的には矛盾しかねないのですが、長期的なゴールの前には矛盾しない。それに「矛盾を矛盾のまま矛盾なく取り扱う(@甲野善紀)」ことはあまねく武術が要請するところらしいですから、これも合気道の修行の一つと思えばなんてことないのです、きっと^^
※
ちなみに住所不定で賃貸契約を結ぶことに法的な縛りはないようです。しかしながら、「賃貸人からすれば、賃借人がきちんと賃料を支払ってくれるのかという
のが最大にして唯一の問題」(by
福田茂孝君)のため、現実的には拒否されることがほとんどであろうとのこと。ありがとう、福田君。彼のエントリーも参照してね。
ホームレス問題において
http://katagesidakufu.seesaa.net/article/102453813.html
昨日のつづき。
具体的に自分に何ができるか、どうコミットしていくかをこれまた発散で実現性、実効性はとりあえずおいて書き連ねてみます。
・住所不定だと法的に賃貸をかりるのは無理なのか法律を調べる。または、法曹界の友人、知人に聞く。
・世の中でのホームレス問題の取り組み、実績を調べてアナウンスする
・労働者を守る法律にはどんなものがあり、これが実際にはどう破られているのかを調べて、アナウンスする
・ホームレス支援のNPO/NGOの活動に参加してみる
・Big ISSUEを定期購読する
・ホームレス問題や偽装請負、日雇い労働の問題に取り組んでいる政治家を調べてアナウンスする
・ユニークな自治体の取り組みを調べてアナウンスする
・ホームレスの方達が携われるような仕事情報を探してアナウンスする
・キータイプやプログラミング、エンジニアリングの基礎を教える(やりたそうな人に)
・野菜の無人販売所ならぬ、食料支援所を作る。食うに困った人は支援所の食料を持っていくことができ、心ある人は支援所に寄付する。これを無人でやる。冬場は毛布もおい(下手するとものすごく風紀があれそうだけど)
・ホームレスの方にインタビューをしにいって、その実態をアナウンスする
・携帯でアクセス可能なフォーラムサービスを構築する。
・借金でホームレス状態に陥っている人達にはどのようなケースがあり、救う方法としてどのような方法があるか、または活動をしている人がいるか調べてアナウンスする
・採用の年齢制限を取り払うように企業にうったえる。
・最低賃金を守るように企業にうったえる。引き上げるように官庁にうったえる。
・ホームレスの方のイメージマップを作る(ホームレスの方にインタビューしにいって、よかったら写真もとらせてもらって、東京都なら東京都のマップ上にインタビューさせていただいた場所で写真を配置させていただく。視覚的に事態の深刻度をアピール可能?)
まぁ、荒唐無稽というか、実際にやったら逆効果な気もする案も多いし、一人じゃ勇気でなくてなかなかやれそうにない案もあるけど、とりあえずやれることはイッパイあることはわかった。調査、アナウンス系はスグにでもはじめられるから、さっそくはじめていこう。取り急ぎは、週に2回以上のホームレス問題関係のエントリーをここに書くということで。(んで、エコピコミュでもアナウンスするということで)
# ホームレスの方のイメージマップは個人的にはちょっといいんじゃないかなと思ったり。一番勇気がいるプランだけど^^;
今日、合気道の稽古であったT君(小学5年生)との一幕。「しんちさん、あ・・じ・・好き?」、「え?何?」、「あ・・ん・・好き?」、「あ、『愛人?』 え?何?」、「あいぞめ(藍染)好き!?」、「(あまりのことに二の句が継げず)」・・・・・・ははは、ほんとに、汚れたもんだよ(挨拶)
ぼくは現在、お仕事はWeb屋のシステムエンジニア、趣味(という次元を越えた取り組みぶりだけど)合気道、そして社会貢献としてWebSigエコ&ピース(以後、エコピ)に参加して取り組みを行っています。しかし、エコピに関しては「自分にできることで世の中を少しでもよくできたらうれしいなぁ」と思ってアクションしつつ、自分自身で「では、どういう世の中にしたいのか?」、「何をどう解決したいのか?変えていきたいのか?」、「自分は何ができるのか?」をいまひとつ真剣に考えずに、「良いことをやろうとしている人達がいてそれに自分ができることで協力すれば世の中よくなるでしょう」といったある種他人まかせなモードで動いていまして、これはよろしくないなと強く思ったしだいです。
前のめり感が足りないし、自分では「何かちがうな。それは協力したくないような気がする」という方向性に話が進んだときもちゃんとその考えを主張できない(普段から意見を持つように務めて、勉強もしておかないから)。そしてそもそも論として、それでは世の中はきっと良くできない。まぁ、当たり前だね。良い世の中っていうのは自分の中にしかないものなのだから、他者と完全一致するはずのないものなのだから、そこを掘り下げて明確にしないまま動いた場合、他者にとって良い世の中の実現に助力することになったり、誰にとっても良くない世の中を招来することにもつながるでしょう。なんせ動いている本人がゴールがあいまいなんだから。誰かが良くするだろうと思っているのだから。よくなるわけがない。
無関心と当事者意識の欠如が多くの社会問題の根底にあるものだと僕は思っているのですが、そこから考えても僕のこれまでのエコピに対する姿勢というのは、その姿勢こそが社会問題の根底をなす態度なわけで、深く反省しなければいけない。これは誰かに対して反省するというのではなくて、自分自身に対する反省です。自分自身の良心や敬意、想い、誠意、誇りに対する反省が必要ですね。人がどう思うかはたいしたことじゃない。
それで、自分が興味がある社会問題を分析すると、その根っこにあるのは『病気や障害、差別などで社会的弱者の立場に至った人達が自分の力で自分自身に誇りを感じながら生きていける世の中にしたい』という想いのようです。これは自分自身、持病を抱えながら社会生活を営んでいるということも当然あるし、何の因果か自分の身の回りには病気や何らかのハンディを持ちながら生きている人が多いこともあります。自己責任や規制緩和がもたらしたメリットを過小評価する気は毛頭ありませんが、それがより優秀な者、より努力した者により大きな報酬をというレベルを超えて、『優秀でないもの、努力に欠けるものは生きる資格がない』といった地平まで行き着くようであればそれは阻止したい。
この想いは別に正義心からきているものではありません。ぼくは残念ながらそれほど善い人ではないし、利己的な人間です。強い正義感に突き動かされてアクションするということはほとんどありません。僕がアクションする動機はだいたい恐怖です。自分がいつ社会的弱者の立場にカテゴライズされるかわからないという強烈な不安と恐怖があるため、自分自身のために『社会的弱者として扱われてもとりあえず死なないですむ社会』を作っておきたい、ただそれだけです。
さて、以上から派生する自分の興味分野は
・医療問題(難病、慢性疾患、精神疾患、それらによる社会保障が充分に受けられずに生活苦に陥るケース等、QOL)
・自殺問題(病気や借金苦、生活苦、労働環境などが背景にあることが多い)
・多重債務、負債(自殺ともつながる)
・ホームレス問題(上記全てとつながる)
・原発問題(実はホームレス問題とつながっている)
・冤罪や司法の問題(自分が冤罪に巻き込まれたら嫌すぎるなぁという純粋な恐怖感から)
といったことになります。
医療問題に関しては一番前のめりでやっていきそうなんですが、こちらは前々から別ドメインで情報発信、サービスをやっていこうと画策しているので、ここでは社会問題に強くひきつけられたきっかけであり、広く他の社会問題とリンクするホームレス問題に注力しようと思います。
自分はホームレス問題にどういう解決、改善をもたらしたいのか。どうコミットするのか、できるのか。これを考えてみます。
まず、ホームレスと一口でいっても色々あって、路上生活をしている人、ネットカフェで寝泊りしている人、公園などに定住している人、移動し続けている人、自ら望んでホームレスをやっている人、様々な不可抗力、または自己責任によりホームレスに陥った人等、とても単純にひとくくりにはできない。そうした中でぼくが実現していきたい世の中というのは『(原因は問わず)ホームレス状態から脱したい人が脱せられる世の中。最悪、脱せられなくても死ななくて住む世の中』です。つまり、やり直しが効く世の中ということであり、やり直しが失敗しても(例えば病気や障害のある人等はやり直し自体が難しいわけです)死なずに住む世の中ということです。
これを実現するための方策を実現性、および副作用はとりあえずおいておいて、発散で書き連ねてみます。
・住所不定でもアパートを借りられるような法的支援、整備を行うこと
・住所不定を不採用理由にできないようにすること(企業の啓蒙含む)
・ある程度のフリーライダーは見込んだ上で、最低生活保障を充実させること
・偽装請負、危険・低賃金(=その生活から構造的に抜け出せない)日雇い労働を禁止すること
・↑は外国人労働者に対しても禁止すること。危険で誰もやりたがらない仕事であるほど高賃金であるべき。
・駆け込み寺的な施設を増やすこと(特に冬場)
・ホームレスに対する根強い偏見(汚い、危険、傲慢、暴力的、怠け者、自業自得、好きでやってる等)を打破すること
・ホームレス支援を行っているNPO/NGOに金銭的、人的に支援を行うこと
・生活費における賃金が占める割合を下げること
・不動産の価格を下げること(家賃や住宅ローンの支出に占める割合が多すぎる)
・敷金、礼金など、引越しを高コストにする仕組みをなくすこと
・etc...
さてさて、これらにはたして自分はどうコミットできるか考えるぞ。
(でもかなり長くなってしまったので)つづく。
もう何ヶ月も前になると思いますが、BIG ISSUEに犯罪被害者の会「あすの会」を取り扱った記事をみかけて、ご家族やご自身の健康、生活を奪われ、損なわれ、破壊された方。しかも理不尽な犯罪によって突然にそのような状況に追い込まれてしまった方達がおかれた状況を知り、とても強い憤りと不安を感じました。
法も、世間も、被害者であるはずの彼らに支援するどころか、追い詰めるばかり。一家の大黒柱がなくなれば、精神的ショックもさることながら、現実的な課題として生活面の不安が重くのしかかるのに、これを効果的に保護する仕組みがない。犯罪被害者は読んで字のごとく被害者であるはずなのに、犯罪に巻き込まれただけで会社や町村といったコミュニティから疎外される。特に被害が後遺症を残すような場合、そのような方の就職や社会復帰は困難を極める。ひどくなると、何も知りはしないのに「(犯罪に巻き込まれるということは)被害者にも何か悪い所があったのだろう」と心ない言葉をぶつけ、憶測であれこれいい加減なことを言い立てる。犯罪被害者からはプライバシーも剥奪される。
僕は死刑廃絶を支持する人間です。それは、人間は間違うし、人間は神の視座を得られぬ以上真実は決して知ることができないがため、司法といえども判断を誤る、つまりは冤罪が必ず起こりえると考えるからです。無罪の者を殺してしまう可能性がある以上、死刑を肯定したくない。それが僕の意見です。だって、無罪で殺されたくないですしね。しかし、このように犯罪被害者が十分な支援を得られずに心身共に孤立していくような状態では、犯罪被害者の立場としてはそれは犯人が極刑になってくれでもしない限り決して溜飲は下がりませんよね。
死刑の廃絶が困難を極めることと、犯罪被害者の支援が脆弱であることはおそらく根っこでつながっていると思います。死刑を執行することでしか、犯罪被害者を慰める方法がない。そのことに何の疑問も感じない僕らの社会の冷たさが問題の根っこになると思います。(まだ犯罪被害者ではない)僕達は犯罪とは他人事だと思っています。犯罪には加害者と被害者があるとはいえ、その原因と結果は当事者の中で閉じていると考えています。犯罪の発生は僕達には責任がないと思っているのです。でも、それは違うんじゃないかと僕は思います。人間の身体が、負荷が集中した時にその一番弱い場所から壊れてしまうように、
僕達が形作っている世界、社会の負荷が、ゆがみが集中したところに犯罪が生まれているという見かたもできるのではないでしょうか。もちろん、その犯人が単に異常だったんだ、または被害者に原因があったんだと言ってしまうことは簡単です。現にそういう場合もあるかもしれません。でも、そう言ってしまって、犯罪を対岸の火事のように扱ってしまったら、僕達は決して犯罪に占める自分達の責任に気づくことはないでしょう。そういうことでいいのでしょうか。
犯罪が起こるたびにその当事者を切り捨て、僕達とは違う世界の出来事として視界から追いやり、清浄なる僕達の世界の平和を取り戻す。これでは、子供向けの魔王退治の話とレベルが変わりません。まず、自分に何かできることはないのか?自分に何か誤っているところはないのか?責任はないのか?犯罪に限らず、まず自分の愚かさやいたらなさの検出を優先しようとすることが「大人」なのではないでしょうか。自分達の世界の酷さを誰か(「大人」や「社会」や「イデオロギー」やとにかく自分以外の誰か)のせいにするのではなく、まず自分はどうなんだ?と問う習慣を持たない人は、たとえどんなに年齢を重ね、権力を持ち、成功を手にし、言っていることが正しく思えても、僕は「子供」だと思います。自分の正しさを無邪気に主張し、悪はひたすら外部にあるものとして糾弾することは「子供」にのみ許されることです。大人は悪を自分のこととして受け止めなくてはいけないと僕は思います。
ですから、僕は犯罪にも僕達「大人」の責任があると考えています。であれば、自然と犯罪被害者の支援は僕らが、つまりは国(税金)を使って行ってしかるべき正当性があるし、もちろんボランティアや一生活者として支援を心がけるべきことだという考えに行き着きます。だいたい、加害者には税金を使ってあれこれ支援を行っているのです。被害者だけが自己責任で放ったらかしなんておかしいと思いませんか。
# ほんとは死刑廃絶に絡めて、でも、ほんとにそれっていいのかな?という迷いの話をするつもりだったんですが、なんかテーマがずれてしまいました^^; そっちはまた改めて書きます。